資料保存 参考ページ ~保存点検表に取り組んだ専図協会員館のコメント(アジア経済研究所図書館)~
視野を広げた保存対策―資料保存研修を通して芽生えた意識―
アジア経済研究所図書館
則竹 理人
アジア経済研究所図書館では、1960年の創立以来、途上国の社会科学に関する資料を60万点以上収集、所蔵しています。中には、もはや発行地でさえ入手不可能となってしまった貴重なものもありますが、多くの方々に利用機会を提供すべく、ほとんどの所蔵資料を開架としています。開架での提供を原則としつつも、保存のために別置するのが望ましい一部の資料については、閉架とする処置を行っています。
ただ、当館の歴史のなかで、当時の担当者が、資料の受け入れ時または利用の際に劣化に気づき都度判断するといった対応であったことは否めません。それゆえ、蔵書全体を見渡すと、別置された資料よりも劣化のひどい資料が開架となり続けていたり、別置された資料の中での劣化の度合いに著しく差があったりする状況が生じました。
そのような状況を確認するきっかけとなったのが、安江先生による資料保存研修を通した、保存点検表の作成でした。目前の状況ばかりを踏まえて行ってきたこれまでの保存対策を、時系列的にも空間的にも広い視野で見直すいい機会となり、個々の資料単位での保存対策ではなく、蔵書群や施設全体を単位とした保存対策の意識が培われました。その意識によって、一度判断や処理を済ませた資料であっても、定期的に見直す必要性があることを実感しました。
資料の保存対策について、研修を通じて広がった視野の範囲は、現在から過去へ、資料単位からコレクション、施設単位へだけではありません。研修で学んだことを踏まえて行った、劣化資料に施す処置の判断基準の見直しによって、さらに別の次元での視野の広がりを実現することができました。
当館では、劣化した資料について別置するかどうかだけでなく、補修するかどうか、複写や貸出を制限するかどうかなども含めた判断基準を設けています。判断の決め手を「紙の劣化度」、「破損の度合」、「本の開き具合」、「資料のサイズ」に絞って設定した基準を頼りに、対策を行ってきました。しかしこれらの決め手は、専ら資料の物理的な特徴、現状に関するものであり、資料の利用頻度や貴重性、希少性といった別の側面も複合的に踏まえた基準にはなっていないと言えます。「劣化資料」と銘打ってカテゴリ化しているがゆえに、劣化度合に重きを置きすぎた判断基準であったと気づかされました。資料の現状をより多角的に捉えられるような広い視野を意識できるようになりました。
このように、研修をきっかけとした振り返りや、研修で学んだことを踏まえた見直しによって、視野を広げることの必要性を感じ、それを徐々に実践していくことができました。しかし今年になって、広がった視野はまだ不十分なものであったことを痛感する出来事がありました。新型コロナウイルスの流行に伴い、感染予防対策の一環として、図書館内にある執務室の風通しをよくした結果、想定以上に湿気を取り込んでしまい、一部の資料にカビが生じてしまったのです。これはまさに、現状だけではなく過去を踏まえた保存計画、対策を行うようになった視野の広がりを、逆方向にも、つまり未来にも向ける必要があったことを物語っていると言えます。何かしらの変化が生じる場合には、それが資料にどのような影響を与えるのか、あらゆる可能性を考慮して、その是非を判断しなければならないことを実感しました。
総じて、当館が従来行ってきた保存への意識や対策は、劣化とそれを治すことを焦点とした「コンサベーション」に基づくものであったと言えます。研修を通して、治すことより防ぐことに重点を置いた「プリザベーション」を基盤とした保存対策の重要性を学びましたが、当館の現状に照合すると、時系列的、空間的、そして多角的に視野を広げて保存計画を策定していくことが、プリザベーションへの一歩であると考えされられました。本研修は他の資料保存の研修とは異なり、自館の状況と突き合わせるきっかけを提供してくださったがゆえに、具体的な改善策の想起に繋がり、実り多いものになったと感じています。